2020.03.13 | 行動経済学

行動経済学の権威ダン・アリエリー氏が語る『幸せをつかむ戦略』

行動経済学とは、生活者が日々おこなう買い物、貯蓄、投資、ヘルスケアなど日々の経済活動において⼈間がどのように選択・⾏動し、その結果どうなるのかを、実際の生活者を対象とした実験を通じて究明することを⽬的とした学術分野です。生活者を調査したり、新規事業の実証実験を行なっているSEEDATAにとってはとても親和性の高い研究分野になります。

行動経済学は人間に共通する思考の癖やバイアスを紐解いている学問なので、行動経済学で示唆されていることは汎用性が高いことでも知られています。

今回はこの行動経済学の権威であるダン・アリエリー氏の最新著書『幸せをつかむ戦略』の中から、SEEDATA佐野が気になった象徴的な内容をご紹介し、行動経済学について解説していきます。

 

本書はSEEDATAが先日共同でイベントを開催予定だったカナダのコンサル会社・BEworksの創業者であるダン・アリエリー氏と、ディープラーニングの研究開発をおこなうPreferred Networksの富永氏の対談形式の共著です。

同じモノを購入する場合でも、誰から買うか、どこで書うかなど、その文脈によって幸福度は変わるということが記されています。

たとえば、同じ1000円の本を、本屋で買う場合とAmazonで買う場合では幸福度が異なるということは、みなさんも体感的にお分かりいただけるのではないでしょうか。

本書では、日々の生活や購買行動でどのような選択をすれば、より幸福度が上がるのかということが、事例ベースで多数紹介されています。

 

行動経済学の考え方は、以前当ブログで私が解説した「意味のイノベーション」にも通ずる部分がありますので、そちらもご覧ください。

ロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』にみる、"意味のイノベーション"とは?①
今回から4回連続で、SEEDATAアナリストの佐野さんにご登場いただき、ロベルト・ベルガンティの著書『突破するデザイン』で語られている、従来の問題解決型のイノベーションではない、"意味のイノベーション"についてお話していただきます。 ...

簡単にいえば、モノの価値はそのモノの性能だけではなく、モノの意味によって変わるということです。

例えば、同じ素材、形状のスウェットでも、有名俳優が一度でも着たものであれば、通常の価格の10倍、100倍以上の値段を払ってでも欲しいという人はたくさんいるでしょう。しかしモノの性能自体は変わっていないので、性能が変わらず値段が高くなるというのは古典的な経済学ではおかしな話でした。逆に、知らない誰かが一度着たスウェットは、中古品として定価以下の値段になります。

これは人間が「心理的にモノの価値を決めている」ということの分かりやすい例の一つです。行動経済学は、モノの性能によってモノの値段が決まるという従来の経済学へのアンチテーゼとして心理学の知見を取り入れながら生まれた学問です。

 

とくに現代では、商品の性能はどれも高性能になり、性能での差分は少なくなっています。その中で生活者がどのように商品を選ぶのかというと、商品に込められた意味で選ぶようになると私たちは考えています。

意味が込められた商品と込められていない商品があった場合、共感できる意味が込められた商品を買いたいし、それになら高い値段を出してもいいと思うはずです。言わずもがなですが、AppleのiPhoneやMacBookには、Steve Jobsの製品にかける意味が感じ取れます。Appleの製品より高性能かつ安価なPCは他にもありますが、Appleは意味が込められている分、価値が高まっている好事例といえるでしょう。

 

アリエリー氏はこのように、なぜ人間がそのものの性能以上の値段を支払うのか多数の実験をおこなっています。

たとえば、彼には行きつけのキッチンカーがありました。しかし、店主は銀行から50万の融資を断られ、このままだとお店が潰れてしまうと困り果てていました。

そこでアリエリー氏は、50万円を飲食代として先に払い、自分の研究室の学生が訪れたらそこからお金を使ってもらうよう提案しました。

これにより、アリエリー氏は短期的には高額を支払う痛みがありますが、長期的にはお気に入りのお店がなくならず、店主には感謝され、学生にとってはアリエリー氏と一緒に行かなくても食事が奢られるという、実にさまざまな付加価値が生まれています。

どのみち同じ50万円を飲食代として使うのであれば、自分を含めて周りの人の幸福度を最大化させるお金の使い方が重要なのではないかとアリエリー氏は考えています。

 

実は企業が商品やサービスを売る場合も、売り上げのためやビジネスのためだけに押し売りするのではなく、消費者の幸福度が最大化するようなお金の使い方をサポートすべきだと思います。

事実、ユーザーの幸せに直結するような消費を促しているブランドが、生活者から信頼され、売り上げを伸ばしてるように感じられます。最近ご紹介したsnaq.meは月額2000円程度のサービスですが、デパ地下で同じ金額の2000円分のお菓子を買うよりも、よりサプライズ感、ワクワク感を感じることができます。これはまさにお金には変えられない意味分の価値が付与されています。

 

行動経済学ではメンタルアカンウンティングと呼ばれ、人は心にも財布を持っているということを示されています。つまり、お金を支払う際、物理的には財布からお金を出していますが、心の中にはさらに複数の財布を持っているということです。

たとえば、日常生活で2000円のランチは高く感じられますが、旅先での2000円ランチは安く感じるという違いがあるかと思います。

普段のランチは生活費から出しているため、安く抑えようと考えますが、旅先でのランチは旅行費の中から賄っているので2000円がむしろ安く感じられてしまうです。

 

このように、モノの価格は消費される際のコンテクストやその時の感情によって、高くも低くも変化するものなのです。行動経済学と聞くと、一見高尚でとっつきにくいと感じるかもしれませんが、世の中の全員が知っていて損はない知識だと思います。

それを誰にでも分かりやすい言葉で、かつ読みやすい対談形式で解説しているのが本書の特徴といえるでしょう。

 

人間の脳には直感を司るシステム1(右脳)と、論理的に考えるシステム2(左脳)が存在します。右脳は直感的、感情的、衝動的に意思決定をおこない、左脳はよく考えて熟慮して意思決定をします。

同じ1000円という金額のお金を使う場合でも、何に1000円を使うことがもっとも幸福度を高めてくれるのか、ということを考えることが重要です。しかし常にそれを考え、左脳ばかりを使って、買い物をしていると、もちろん脳はどんどん疲れていきます。これを選択疲れと言います。

例えば、スーパーやコンビニでレジに並んでいる際に、本当は不要なはずのレジ前商品をつい手にとって買ってしまう現象は、身に覚えのある方が多いのではないでしょうか。これは、レジに至るまでさまざまな選択をおこなった結果、脳が疲れてシステム1で衝動的に買ってしまうということが行動経済学で証明されています。

 

行動経済学の知識を身に着けることのメリットは、「われわれは意図せず不幸な選択や行動をしてしまっている」ということに気が付けるようになることです。

この知識を持っているだけで、「自分はいま衝動買いしようとしているのではないか?」と立ち止まって考えることができ、失敗や後悔を減らしてくれます。人の暮らしや人生にポジティブな影響を与えることができる学問として注目を集めているのです。

 

一方で、商品やサービスを提供する企業側が行動経済学を多用することは、一歩間違えると、マインドコントロールや洗脳にもつながりかねないという危うさも孕んでいます。例えば、意思決定をたくさんさせてから、モノを売るような悪徳商売にも繋がる恐れもあります。

商品・サービスの事業者は「本当に消費者の幸せにつながるものを届けられているか?」という、ある種倫理観を問うためのチェックツールとして活用していただければと切に願います。

 

佐野拓海
Written by
佐野拓海(Sano Takumi)
アナリスト