出典:https://techfeed.io/

【セミナーレポート】テックフィード創業から、TechFeed Pro完成までの道のり

SEEDATAでは事業創造支援メソッド探求の一環として、「連続起業家」の研究であるエフェクチュエーション研究に取り組んでいます。2020年7月、8月に3回連続でオンラインセミナーを開催し、SEEDATAの出資先の創業者の皆さんをゲストに迎え、熟達した起業家の認知パターンであるエフェクチュエーションの観点から起業家の皆さんの創業ヒストリーをお伺いしてきました。

今回は、エンジニアの情報収集用途にチューニングされ、テクノロジーに特化した情報プラットフォームとなっているTechFeed Pro(https://techfeed.io/)の開発運営をおこなう株式会社テックフィード(https://techfeed.co.jp/)の白石代表取締役社長をお迎えし、創業ヒストリーをインタビューした様子をレポートします。

“地上最強”のエンジニア向け情報サービス・テックフィードとは

白石さん(以下:白石)「白石俊平と申します。ITエンジニアからキャリアをスタートして、HTML5という技術の記事を書き、本を書き、啓蒙をおこない、これまでにHTML5に関する本を数冊出版しています。その後、イベントを開催したり、大規模なカンファレンスをおこなうなど、さまざまなコミュニティを運営するようになりました。端的にいうとエンジニアに対する知識の啓蒙活動が社会人人生の大半を占めていて、その延長線上に今作っているテックフィードというサービスがあります。肩書としてはコミュニティのオーガナイザー、メディア編集長、あとはGoogleさん、Microsoftさんの公認エキスパートなどを拝命しています」

「“地上最強”のエンジニア向け情報サービス」というキャッチコピーを持つテックフィードの大きな特徴は以下の3つ。

①アルゴリズム型のニュースキュレーションエンジン

②エンジニアに特化したSNS

➂エキスパートコミュニティ

白石「一言でいえばエンジニア向けのニュースアプリ+SNSサービスですね。エンジニアというのは、日々世界中からリアルタイムで情報収集をしたい人種です。それを昔は人力でしていましたが、回りきらなくなったため自動化したのがテックフィードです。

チャンネルと呼ばれるエンジニアの興味関心を表すオンラインコミュニティがいくつもあり、たとえばCSSチャンネルではCSSに関する情報を世界中からとってきて並べています。

TechFeed Proが特徴的なのはエキスパートのTwitterアカウントをウォッチして、そこから情報を得ていることです。それにより、最高品質の技術情報を最速で得ることができるようになりました。またSNS機能もあるので、他のユーザーがシェアした情報を受け取ることもできます。自動収集のアルゴリズムと生のエンジニアたちがシェアした情報を一度に受け取れるサービスです。

エキスパートとコミュニティに関してご説明すると、エンジニアはどこから情報を得ているのか、とくにエキスパートはどこから得ているのかを長年調査した結果、結局、エキスパートはほかのエキスパートから情報を得ていることが分かりました。一般のニュースメディアなどはあまり見ず、自分以外のエキスパートのTwitterをフォローして、それを見ている。つまり、誰が発信したかがとても重要であると気が付きました。

単なるSNSを作ってよく分からない人がシェアした情報では質が低くなってしまうため、エキスパートの人たちの協力が必要不可欠だと気が付いてコミュニティを作りました。この3つを合わせて、質の高い&専門家向けのニュースサイト&SNSサービスを提供しています」

 

TechFeed Proは2020年7現在、リリース後4カ月で、

①エンジニア100人に1人が利用

②一日あたり6分超の平均利用時間

➂120名超の公認エキスパート

を達成し、現在順調に成長中です。

「七転び八起き」の起業人生とテックフィードのあゆみ

セミナーでは、SEEDATA宮井がテックフィードの詳しい創業ヒストリーをインタビュー形式でお伺いし、「七転び八起き」という白石さんの起業人生と、8度目の起業で成功するまでの道のりを白石さんに語っていただきました。

まず、簡単にテックフィードの10年にわたるあゆみをご紹介します。

 

2010年、株式会社オープンウェブテクノロジーを創業、これがのちの株式会社テックフィードとなる。

2015年、もともとフリーエンジニアだった人物がジョインし、この年TechFeedをリリース。

2018年、これまでサイドプロジェクトだったTechFeedを本格的な事業としておこなうため、一億円の資金調達達成。

2019年、試行錯誤の結果ピボット(マーケットを変えること)を決意

2020年、TechFeedProをリリース

 

宮井(以下:宮)「直近でTechFeedからTechFeed Proにピボットをされて成功されていますが、実は白石さんは起業に当てはまることをこれまで何度もされていますよね」

 

白石さん(以下:白石)「はい、七転び八起きですね(笑)。7つ創業してますが、最初のいくつかは誰かが作ったものに取締役として入ったりしているものも含まれています。信じられないかもしれませんが、単に会社を作りたいとか独立したいとか、世の中には“目的なく作る会社”も存在するんです(笑)。

実際にやっていたことはSIerの下請けで、開発の受託や出向して開発などをしていました。創業当初は下請けをするつもりはないのですが、ビジョンなく創業しているので、結局お金が必要になり手っ取り早い受託や開発力を売るほうに流れる…というのを何度も繰り返しました。

2008年に3つか4つ目の会社を作り、それも結局受託の会社になり果ててしまい、そこから人と起業するのに絶望したのもありまして…。この経験から、きちんとリーダー決めてから起業したほうがいい、ということを学びました。たとえば二人代表だったり、納得いかないままとりあえず別の人を社長にしてしまうと、だいたいケンカ別れになります」

 

ビジョンを定めず、リーダーを決めない起業で何度も失敗したという白石さん。しかし、その後も起業することは諦めませんでした。

 

白石「その後、2009年に元Googleの及川さんとHTML5というコミュニティを作りました。最初に8人から始まったイベントが半年後には毎月200人集まるようになり、カンファレンスやれば2500人くらい応募があったり、スポンサー集めも名だたる企業5、60社から1500万くらい集めるほどに成長し、当時の時点では僕の手がけた中でもっとも拡大していましたね。さすがにその規模にになると個人の口座では危ういので必要に迫られて社団法人を作ったんです。ただ、ボランティアなので食べる手段としては成立しなくて、苦しみながらサービスを作っていました。

もうひとつは今では有名な投資家さんになられた方と会社を作ったこともありましたが、僕は取締役として入って、何を作りたいかは向こうが持っていた。彼も投資家なので創業したことはなくて、結局音楽性の違いみたいな感じで半年で物別れしました」

 

宮井「テックフィードにいたるまでさまざまな起業にチャレンジされていますが、2010年のオープンウェブテクノロジーはどんなきっかけで創業されたんですか?」

 

白石「その直前も二人でリーダーを決めずに創業してダメになって、もう自由にやりたいと思い今度はひとりで作ったんです。僕はエンジニアだから作る力はあると過信していて、貯金を切り崩しながら、3カ月くらいかけてメモツールを開発してリリースしたのですが、出した瞬間に燃え尽きまして、ユーザー数130人で終わりましたね。ブラウザの拡張機能で、ショートカットでいつでも呼び出してメモできたりするものです」

 

宮井「10年くらい前のお話ですが、そのときの自分に何かアドバイスはありますか?」

 

白石「本当に何もわかってなかったですよね(笑)。ようは「作れる」ということは、「作る力がある」というだけで「何を作るかを考える力」が僕にはまったくなかったんです。「何を作るか」と「どう作るか」はまったく違うんです。どう作るかにはめちゃくちゃ自信がありましたが、その当時何を作るかが育ってなくて、つらかったですね。今でも思いだしますし、本当に朝から晩まで悩み苦しんで絞り出したんですが、そのアイデアにすがってひたすら開発して精神的にも追い詰められて…。結局、苦しいところから楽しいものは生まれない、どんなにつらいときでも楽しむ余裕がどこかになければ、よいアイデアは生まれないということが心に刻まれましたね」

 

宮井「HTML5絡みの活動とオープンウェブテクノロジーと、社団法人、このあたりの活動のバランスはどのようにとりながら進めていたのでしょうか」

 

白石「当時すでにHTML5という技術で僕の名が売れていて、でかい会社の研究開発で教えたり、企画したり、自由にメディアを作ったり、製品の提案をしたりしながら、仕事もコミュニティもHTML5一色の時期だったので食うことはなんとかなっていました。大きくいえば当時はHTML5が僕の人生のすべてだったんです」

 

宮井「2015年に会社に二人目がジョインしてテックフィードになるわけですが、当時白石さんはHTML5のコミュニティですでに有名だし、わざわざアプリやサービス作らなくてもいい気がしますが、どんな展開があったのでしょうか」

 

白石「何度も創業していることからお分かりかもしれませんが、僕はやっぱりベンチャーをやりたかったんですよね。HTML5がひと段落したこともあり、いろいろ模索して、最初は2010年と同じようにひとりで考えてひとりで煮詰まって。ひとつだけ成長していたのは、ひとりで煮詰まったら「二人でやろう」という考えになっていたことです。「一緒に何かやろう」と誘って、対話を重ねながらアイデアを数百は出し、結局半年以上かけて決まったのがテックフィードでした。相手はフリーランスのエンジニアだったので、お金を稼ぐ手段は別に持ちながら週に数回集まっていました」

 

宮井「白石さんの周りにはたくさんのエンジニアがいたと思いますが、この方に決めた決め手はありますか?」

 

白石「すばり、ナンバー2をしてくれそうだったこと。ナンバー1をやりたい同士だとまたケンカになってしまうので(笑)。これまでの反省から、二人リーダーには絶対しないこと、株の持ち分や給料の金額を少額でいいから僕のほうを高くするということを最初に伝え、それでもついてきてくれると言ってくれたのが決め手ですね」

 

宮井「数百のアイデアの中でピボット前のTechFeed に決まった瞬間やエピソードは覚えていますか?」

 

白石「数あるアイデアの中には、たとえば、VR 、機械学習、AI関連のものもあり、当時プリファード・ネットワークスさんもまだ出てない時期なので、そのへんに着手していれぱもっと早く儲かったかもしれないですね(笑)。ただ、その他の数百のアイデアの判断基準は儲かりそうかとか、技術的におもしろそうかとかで、35歳のタイミングで人生かけてやる起業でおもしろそうだけでは踏み切れませんでした。結局、エンジニアに、いい情報を凝縮して提供するという僕の人生のこれまでやってきたことの延長線上にTechFeed があったんです。HTML5はwebの技術で、僕はその技術を人に伝えてきましたが、結局5年かけてwebの技術だけを人に伝えてきていたんですよね。人工知能、VR 、クラウドなど、どんどんスケールさせたものを作りたいと思っていたんですが、なかなかそれを言い出せなかったのを覚えています。

何故言い出せなかったかというと、それまでも投資家さんとの接触はそれなりにあったのですが、「エンジニア向けに何かやりたい」と言うと、返ってくる返事は必ず「市場が小さすぎる」というダメ出しでした。当時の僕はスタートアップとはなんたるかをあまり分かっておらず、僕の出会ってきた投資家さんは、スケールしそうもない事業は見向きもしてくれなくて、毎回しゅんとなって終わっていたんです。

しかし、アイデアが決まらず煮詰まっていたときに、今でも覚えているのは、東新宿を歩きながら「…実は前からやりたかったことがある!」と共同創業者に熱く語ったんです。そしたら「それでいいじゃん」と言ってくれて今に至ります」

 

宮井「その後どのようにリリースまでこぎつけたのでしょうか」

 

白石「エンジニア二人だったので、ひたすら作って出す、それを8カ月ほど繰り返しました。コンサルみたいなことをずっとしていたので、稼ぐ手段は別に持っていたのでサイドプロジェクトみたいな感じで、儲けるという観点すら抜けていました。もちろん、できれば跳ねさせたいと思ってはいましたが。

TechFeed をいちばん最初にリリースしたのは忘れもしない、2015年のクリスマスです。これまでコミュニティ活動をしてきたおかげで、エキスパートなエンジニアの知り合いがたくさんいたので、リリース前に彼らに触ってもらってフィードバックをもらい、リリース時にはスペシャルサンクスページを作りました」

 

宮井「TechFeed リリース時の周囲の反応は覚えていますか?」

 

白石「悪くなかったですね。結局、エンジニアに特化した情報サービスっていうのはニーズがあるし、僕はそのことを知っていたんです。ずっと彼らに触れながら、日本中を行脚もしていたので、サービスを作って出せば使われることは知っていました。

ただ、当時はマーケティングのマの字も知らなくて、「いいもの出せばみんな認めてくれるだろう」と思っていましたが、なにもかも間違いでした(笑)。

数字も見ずに、「ユーザーがこんな機能があったら嬉しいんじゃないか」と自分が思うものを、どんどん作って追加して、追加すればするほどにメンテナンスコストが上がって、そのうち回らなくなっていきました。

作って出すだけで、マーケティング、PR、広報、広告、何もしていないので、そのうちユーザーの伸びも止まり、2年たたないうちにどん詰まり感がありました。2015年から、最初の1、2年くらいはずっとそんな感じで、どんどん作って、どんどん古いプログラムがたまり、メンテナンスもどんどん大変になるという、エンジニア用語でいう「技術的負債」という状態に陥ったんです」

 

宮井「プロダクト開発を二人でおこないながら、この段階で資金調達をしようとか事業計画にまとめて投資家まわろうということは考えていましたか?」

 

白石「何も考えていなかったし、そもそもそこの段階ではなにも分かっていなかったですね(笑)」

 

宮井「そんな中で三人目以降はどのようにジョインしていったんでしょうか?」

 

白石「2015年にもともとコミュニティ活動を一緒にしていた人に声をかけました。メンバーはコミュニティ外の人から探したことはありません」

 

宮井「2018年に資金調達をしていますが、そのきっかけは?」

 

白石「生々しい話ですが、収入源にしていた大きな会社とのコンサル契約が切れたんです。新たな受託で食いつなぐこともできましたが、そのことがきっかけとなり、「もともとやりたかったベンチャーをやろう」と決意することができました。それが2017年末頃で、同時に、社外取締役として起業のプロである守屋実さんという強力な方に入っていただきました。守屋さんとの出会いもコミュニティをやっていたおかげですね。守屋さんが絡んでいた社団法人の方から「webサイトを作ってほしい」と依頼があり、打ち合わせの場に守屋さんがいたんです」

 

宮井「どのような流れで守屋さんに社外取締役にお願いすることになったんでしょうか?」

 

白石「「スタートアップを目指しているので一緒にやってくれませんか?」とお願いしたら、守屋さんが勝手に可能性を見出してくれて「いいですよ」と。とはいえ、そんなに頻繁にお時間いただけるわけではないので、月イチくらいで壁打ちをしてくれるかんじでした。

守屋さんに習いながら事業計画書を作り始めたものの、僕がイケてないせいで半年以上難航していました…。守屋さんも最初は付き合ってくれたんですが、「これは埒が明かない」と思ったのか、別の方を巻き込んでくれたんです。それが羽田さんという方で、臨時でCFOをしてくださって、僕と羽田さんで一緒に投資家まわりをしました。本当に、踏める失敗はすべて踏んできたんじゃないでしょうか(笑)」

 

宮井「羽田さんとの役割分担はどのように意識されましたか?」

 

白石「当時は僕はお金の話がまだ苦手だったので、そういう話が出てきたら勝手に羽田さんが引き取って話してくれて、事業計画書を使ってストーリーを話すのが僕の役目でした。最初に守屋さんが「TechFeed はエンジニアのM3(※医療従事者専門の総合情報サイト)だ」と言ってくださったんです。「専門家向けの情報収集サービスを作って、そこからいろんなところに派生してつなげていけば、事業規模はM3と同じくらいいける。これまでのキングは医者だったが、21世紀のキングは当面エンジニアだと。だからM3を超えるかもしれない」というストーリーです。

資金調達は僕が技術顧問をしていた事業会社や、羽田さんにご紹介いただいたVCをいくつか周り、結局打率は5割くらいでそこまで空振りではありませんでした」

 

宮井「振り返ってみて、この打率の要因、もしはくご自身の果たした役割はどのへんだったと思いますか」

 

白石「やはり、ひとつは守屋さんがおっしゃってくださった「エンジニアのM3」というストーリーが非常に分かりやすかったということ。もうひとつは、自画自賛ではなく、僕の人生の集大成ともいえるTechFeed という事業を選んだことそのものが説得力につながったのではないかと思います。

「この事業はお前にしかできない」と守屋さんは散々言ってくれていたのですが、僕はその意味がイマイチピンときていなかった。でも、あとになって思い返せばそうだなと感じます。エンジニアの細かい機微をすくっていかなければいけない事業なので、それができて、かつ強い思いがなければ続かないので、これができる人間は確かにあまりいないかなと思いました」

 

宮井「白石さんは社長という役職名はついていますが、「社長」という言葉を使わないでご自身の役割を説明するとしたらどんな存在でしょうか?」

 

白石「結構なんでも屋ですが、いちばん強い属性はプロダクトマネージャーですね。共同創業者はエンジニアです。プロダクトマネージャーはここ数年でよく耳にする職種だと思いますが、やってみると大変だなと思います。エンジニアとユーザーとビジネス、このすべてを三角形でうまくつなぐ役割です。たとえば、ユーザーはこういうものを欲していると把握し、ビジネス上の要件はこういうものが必要と把握し、それらをすべて並べ替えて優先順位をつけ、「これを作ってください」とエンジニアにお願いするというかんじですね」

 

宮井「こんなスキルが身に付いたということはありますか?」

 

白石「とくにこの半年くらいはだいぶ、スタートアップとはこういうことなんだなと分かってはきたと思います。スタートアップとしてやり始めてつねに思うのは、すべてのタスクが緊急かつ重要なんです(笑)。アイゼンハワーのマトリクスで、「緊急性と重要性でマトリクスを作り、緊急でも重要でもないものは捨てる」というのがありますよね。僕も最初はこれを使っていましたが、スタートアップはすべてが緊急かつ重要なのでこれがまったく通用しない。エンジニアのリソースは限られている中で、ユーザー要求、ビジネス上の要求をすべて肌間で調整して、ほぼ毎日の勢いでタスク入れ替えてますから。初めの頃は二週間に一度タスクを並べ替えるアジャイルプロセスを採用していましたが、実際は二週間に一度では遅すぎました(笑)」

 

宮「プロダクトマネージャーをしていくうえで、ほかに獲得したスキルや、ご自身もエキスパートだったことで活かされてることはありますか?」

 

白石「エンジニアだったことはめちゃくちゃよかったと思ってますね。たぶんいないと思いますが、たとえばエンジニアリングができないプロダクトマネージャーが仮にいたとします。そうすると「これをエンジニアにしてほしい」というときに、依頼までしかできなくて、その先の設計やデザインまで、すべて人任せになってしまうんです。それってすごくスピードが落ちる。人にものをお願いするのは、まずそれがきちんと伝わっているかどうかのチェックもしなければいけませんし、コミュニケーションに齟齬が出て少し違うものができてしまうこともあるんですが、エンジニアを兼ねていればそれがほぼ僕ひとりで完結するんです。

もちろん社内にUIデザイナーはいますが、UXデザインは僕がしています。なので何か欲しいときは僕がUXデザインを担当して、UIデザイナーと一緒にどんな風に落とすか、どのように設計するかまで決めてエンジニアに渡すんです。そうすれば最速で機能を改善していける、これは本当に長らくエンジニアをしていてよかった点です。

 

宮井「TechFeedProになる前からユニークユーザーは相当いましたよね?そこからピボットを検討し始めたときのエピソードは覚えていますか?」

 

白石「当時6、7万人はサインアップしていましたが、ユーザー継続率はそれほどよくはありませんでした。ピボットにいたった理由は、僕はエキスパートの人が使ってくれるような、すごくマニアックでハイレベルな情報をサジェストしてくれるサービスを作りたかったんですが、その理想にどうしても届かなかったんです。たとえば、普通のニュースサイトのテクノロジーチャンネルに出てくるニュースと同じものが表示されるようなサービスは絶対作りたくなかった。エンジニアの間だけで「いいね」やリツイートされている、海外の知る人ぞ知るエンジニアがツイートしたニュースだけを拾ってくるサービスを作りたかったんです。TechFeed のUI・UXを改良しながら、どうにかそこにたどり着けないかと思いましたが、たどり着けなくて。そのときの言葉にできない限界を探るために、リーンスタートアップの本を読み返し、エキスパートの人たちをリストアップしてユーザーインタビューを始めました」

 

宮井「この限界が氷解した瞬間は?」

 

白石「僕自身も昔はそうだったんですが、それが「エキスパートはエキスパートから情報を得ている」ということを知った瞬間です。ユーザ―インタビューは30人ほどで、登録者ではなく、コミュニティ活動のおかげで知り合ったエキスパートたちに、ランラーニングリーンのフォーマットに沿っておこないました。

ピボットを決意してから半年ほどかけてサービスの作り直しをおこないましたが、コードベースは6、7割はもとのものを使っています。もちろん古いものはどんどん新しいものに移行させています」

 

宮井「エンジニアとして携わってくれている方にはどのように説明したんでしょうか?」

 

白石「とにかくやるしかない!と(笑)。作り直すしかないという結論に達したのはものすごく勇気がいりましたが、今のままではどうしても届かないということを何度も説明しました。作り始めた当初は、デザインもなく、分かってることは「エキスパートはエキスパートから情報を得ている」ということだけ。そこから試行錯誤を繰り返す中で、様々な発見がありました。例えば、ピボット前に情報を評価する指標としていたのが、Facebookの「いいね」数などのソーシャルシグナルです。ところが、世界最高レベルのエンジニアのエキスパートがシェアするハイレベルな情報って、「いいね」は5とか6くらいでほぼつかない(笑)。結果、情報が埋もれてしまっていて、これが「以前のTechFeedではエキスパート向けに届かない」原因の一つだったんです。だから情報源をメディアのRSSからTwitterに変えました。特定ジャンルのエキスパートを一覧にし、彼らのTwitterをウォッチして情報をとってくるという作りにし、これをどのようにサジェストしていくか、スクラップ&ビルドを繰り返しました」

 

宮井「ソーシャルシグナルの多さではなく、質のいいものを発見することに確信を得て、そこをひたすら掘るというピボットをおこない、今年リリースされたTechFeed Proは非常に伸びていますね」

 

最後に、自らのプロセスを振り返り、新規事業や起業など誰も訪れたことのない未踏領域に挑戦しようとする人に対し、こんなアドバイスをしてくれました。

 

白石「新規事業や新しいことをしたいと思っている人には、まずランニング・リーンの仮説検証をオススメします。もちろん市場も少しは調べますが、まったくまっさらなところからとりあえずなにか仮説を出してみる、そしてその仮説があってるのかどうかをとりあえず実地に確かめにいくという方法です。間違っていていいんです。この仮説が違っていたら一週間ごとに見直して、違う仮説を入れていく、このやり方はすごくよかったです。

イノベーションは連続性のあるプロセスではないといわれますが、いきなり断絶があって跳ねる、この跳ねるのがきましたね。ここは説明できないからこそイノベーションなんですが、仮説を出して失敗してくじけて、また仮説を出してって繰り返しているときに、ジャンプする瞬間がありました。それが僕にとっては「エキスパートはエキスパートの情報を見ている」というものだったんです」

 

宮井「白石さん自身の人生を振り返れば当然のことだったわけですが、この発見はとても大きいですよね。たぶん最初のTechFeedでは絶対この考え方は出てこない、普通は絶対にソーシャルシグナルの多いほうにいきます」

 

白石「大きかったです、知ってたはずのことを知らなかったんですよね。

事業の目的として、今僕らは「日本を世界一のIT国家にする」というミッションステートメントを掲げています。5年、10年前の自分は、ビジョンをきちんと語るとか、上場を目指すとか、学校教育ではそんなことは教えてくれないので全然知りませんでしたが、ミッション掲げて、スケールをとことん目指すことを最初から狙えば、最初から目指すところが高みになってすべての行動が変わっていたと思います。だから「どうせなら上場を狙いなよ」と言いたいです。

守屋さんから学んだのは、まず高いところを目指して、そこから逆算するという考え方です。3年後、5年後に高いところを目指す設定にして、そこから逆算するなら別になんとでも言えるというか、未来のことは誰にも分からないというのを逆に利用するんです。低い目標ならなだらかな坂道ですが、高い目標にすればそれが急勾配になり、そのほうが全然楽しいし、人を巻き込む力も関わる人もまったく変わってきます」

エキスパートの「直感」はひたすら追求した先のショートカット機能

ライブインタビュー後は、参会者から寄せられた白石さんへのさまざまな質問にお答えいただきました。とくに、エキスパートが持つ「直感」というキーワードを中心に、白石さんにさらに紐解いていただきました。

 

Q.エキスパートの方の特徴で、「直感がきく」とよくいわれますが、白石さん自身の自己評価、この局面に対してどうお考えでしょうか?

 

白石「エキスパートの方々にインタビューをして気が付いたことですが、エキスパートの方々といえど専門分野以外ではエキスパートではないんです。TechFeed Proは、各チャンネルに海外の深い話が出てくるエキスパートモードと、日本語の記事ばかりのトレンドモードがありますが、このトレンドモードが必要だと気が付き、あとから付け加えました。エキスパートの人たちははある一部分の領域ではエキスパートですが、それ以外に関してもトレンドくらいは知っておきたいというかんじだったのです。

エキスパートの人たちはたしかに直観力は優れていますが、それは専門分野に限定されているのかなと思います。僕もエンジニアリングのエキスパートで物書きもしているため、「あ、このコード嫌なにおいがするな」とか、「この文章はやばい」というのはなんとなく分かります(笑)。僕は直感というのは、ひたすらやり続けて追求した先に見えてくるショートカットだと思っているので、そのショートカットはある一部分については有効でも、それ以外の部分ではイマイチなんです。僕の場合、エンジニアリングや物書きに関してはエキスパートと自負していますが、経営とかに関してはまだまだだなと」

 

Q.初めの頃は守屋さんとかなりかみ合わなかったと思いますが、そのときの齟齬やコンフリクトについてお聞かせください。

 

白石「おっしゃるとおり、僕と守屋さんは何カ月も話が噛み合いませんでした(笑)。僕ってコミュニケーションにおいて結構繊細で、話が噛み合わない状態はものすごいストレスで、首ヘルニアになったり。僕はエンジニアリングと物書きのエキスパートで、一方守屋さんは新規事業作りのエキスパートで、まったく分野が違うんです。今でも覚えているのが「事業計画、俺が書いたらたぶん一週間もあればできるけど、何週間書いてるの?俺が書くよ」と引き取られそうになったこと(笑)。でもそこは、人生七転八倒しているので、「ここは引き取ってもらうと楽だけど引き取ってもらうとまずい」という匂いがして、引き取ってもらうことはせず、結局そこがよかったんでしょうね。ある意味七転八倒のエキスパートかもれません(笑)」

 

Q.直感がきく人は自分の直感がきく領域に入ったときに、一秒間に話す言葉の数が爆発するほど増えます。白石さんも話し方だけで「この人はエキスパートレベルのゾーンをお持ちだな」と分かりました。ただ、ゾーンから外れたときのストレスはハンパなくて、そのときはどうされたのでしょうか。

 

白石「今の話で思い出したのは、僕はもともと、よく理解でていないことや納得しきれていないことに何も手が付けられないタイプの人間なんです。なんとなく器用にやれる人もいると思いますが、僕は何から何まで納得できて、自分の中でロジックのツリーができていないければ無理なんです。事業計画を作って、資金調達をして、上場を目指すということがツリーになっていないときは、本当に守屋さんと会話が噛み合わず苦労しました。当然守屋さんはそれが完璧に分かっているので、僕だけがずっと同じところをうじうじループしている感じでしたね。今はようやくそのツリーができて分かったので、すいすい考えられるようになりました」

 

宮井「守屋実さんは52歳でこれまで50個以上の新規事業の立ち上げをされていて、自身が取締役として入っている会社を4つ、5つと上場させているような人です。話し方はすごくぶっきらぼうなので、そういう状況を想像してもらえると(笑)。ちなみに上場から入るというのは連続起業家や手練れのVCや界隈のコミュニティの中では結構共有されている前提なのですが、このことをロジックをともなって腹落ちさせるのは結構大変なんですよね」

 

白石「大変です。まずその逆算思考がまったくできなかったですね。守屋さんにホワイトボードに書いていただいたんですが、まず最初に「何年くらいに上場する?」と聞かれて、そんな質問されたことある人いないですよね?(笑)」

 

Q.起業の際は昔からそれぞれ異なる領域の人が組まなければ大きなことはできないといわれています。そのときに大事になるのが人を見抜く直感だと思いますが、守屋さんとそこまで噛み合わない白石さんが、具合が悪くなりがらも守屋さんを選び続けたのは、直感的に自分にとって大切な人を選ぶ力をお持ちなのだと思いました。

 

白石「僕は人の能力を見抜く才能はあまりないのですが、「いい人かどうかを見抜く」ことはコミュニティ活動で随分磨かれていた気がします。守屋さんって本当にいい人なんですよ、だからこの人に嫌われて見放されたくない、この人に認めてもらいたいなと。善人というのとは少し違いますが、好きなタイプでしたね。守屋さんはうじうじしている僕に対して相当忍耐されていたと思いますよ(笑)。ただ、本当に多くの新規事業を見てこられた方なので、忍耐が大事ということもお分かりだったんだと思います。それに僕との接触は月に一回くらいなので、なんとか我慢できたのかなと(笑)」

 

Q.パートナーシップという点では宮井さんと白石さんのパートナーシップもありますが、何故そもそも関係を作ることになったのか、お互いにどう見ているのかを教えてください。

 

宮井「僕の会社のSEEDATAの社外取締役が守屋さんで、きっかけは守屋さんから「エンジニアの大きなコミュニティを運営している白石さんという人がいて、エンジニアは医者よりも大切だから出資してほしい」というようなお話をいただきました(笑)。白石さんは最初はどうでしたか?」

 

白石「僕はいい人が好きなので、宮井さんはどこからどう見てもいい人だったので、関係が作れるならぜひと思っていました(笑)。あと、たまたまなんですが僕の人生は博報堂とは縁があって、博報堂さんに勝手に親近感を抱いていますね」

 

宮井「実は僕は白石さんが事業計画で悩んでいるときの守屋さんとお話していたんですが、守屋さんはまったく焦れていることはなくて、白石さんがやろうとしているコミュニティに対しての確信をすごく持っていました。「事業計画が進んでいないんだよね」みたいな発言は一言もありませんでした。会ったその場で、絶対出資させていただこうと思いました」

 

Q.社団法人のコミュニティの参加人数が急増したときに、魅力的なコミュニティを作っていくために工夫や意識されていたことを教えてください

 

白石「HTML5というweb技術は2009年くらいに新しく出てきて、技術体系としてすごく広がったんですが、何年もコミュニティをやってくうちにコミュニティ全体のリテラシーがものすごく上がっていって、そうすると興味も細分化していくんです。細分化したコミュニティの関心に応えるべくサブコミュニティを作ったり、技術系だけじゃなく、映画鑑賞会や読書会もたくさんしたりしていました。なので、僕ほどコミュニティを作った人間は日本にそんなにいないんじゃないかと思います。

運営の話ではなくてコミュニティのコンセプト作りの話に近いですが、僕が思うのは、結局、コミュニティというのは端的にいうと「この指とまれ」で、人は「関心」に集まっているということです。小さなコミュニティも大きなコミュニティもそんなに変わらなくて、どういう指を立てるかということかなと思います。後だしじゃんけんみたいですけど、人工知能や機械学習のコミュニティを作ればすごく大きなコミュニティになったでしょうし、小さくていいやと思ってマニアックな読書会をしてみたり、そういうことも自由自在でした。何にみんな関心を持っているのかということを意識していましたね」

 

Q.リーダーを明確にすることが重要とのことでしたが、組織をうまく動かすときに工夫されていることを教えてください。

 

白石「リーダーシップについてはいろんなところで言及されていますが、うちの会社は今社員が六名なんですが、みんなでひとつの目標に向かっています。僕がマネージャー兼リーダーでみんなで作業をすると、未来を見据える人がいないので、僕の仕事は未来を見ることです。つまり、僕は実際は数字を見ながら、フィードバックをして、プロダクトマネージャーみたいなことをしていますが、運転手にたとえると、車のナビやメーター、計器を見ながら、「この車をどこに持っていこうか」と模索する役割なんです。目的地はだいたいあるけれどはっきりとは分からない中、最短距離で目的地までたどり着こうとしている。みんなに常に「こっちの方向だよ」という話はよくしています。チームのことを歯車と思っているのではなく、みんなで一緒に行くけど運転手は僕、という意味ですね。

あとはパイロットや運転手と近いと思うのは、たとえば氷道を運転していたら、アクセルを踏んだらどうなるかってあまり事前には分からないですよね。その感覚が今経営している中で近いです。

具体例を話すと、最近、プッシュ通知の開封率を上げるため、仮説をたてて実験を繰り返していましたが、結果は思い切り空振りでした(笑)。そこで、僕が毎回通知の文言を考えて送ることにしたんです。つまり、僕がプッシュ通知のエキスパートになり、それをシステムにバックしようと。早速翌日から試したところ、おもしろいことに1%くらい開封率が上がったんです。その次はまた空振ったりしながら、踏んでみなければ分からない実験を日々繰り返している感じですね」

 

Q.社団法人時代のコミュニティは最終的にどれくらいの人数がいたのでしょうか?

 

白石「2009年からはじめたコミュニティで、メーリングリストに7000人くらい登録していました。その当時で7000人のコミュニティというと日本有数で、7000人に向かって毎日ニュースをまとめて送るという今のTechFeed の走りみたいなことを当時修行としてしていたので、一方的に知られているという意味ではかなりの数だったと思います」

 

デジタルの世界のエキスパートとして走り続ける白石さん。仮説検証を繰り返しながら成長を続けていくテックフィードから今後も目が離せません。

 

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