イノベーション普及理論 #1:Bass Modelによる新製品普及のモデリング

はじめに

新製品が世の中に広く普及していく過程は、一体どのようなものでしょうか。これについて考える学問を普及学(Diffusion of Innovations)と呼びます。製品の普及を考えるとき、多くの場合、対象として耐久消費財、すなわち一度購入すれば故障などがない限り反復購入を行わないような製品を考えます。例えば食品や日用品は非耐久消費財であるのに対し、テレビや洗濯機は耐久消費財です。

今回の記事では、耐久消費財の普及過程を記述した伝統的な数理モデルであるバスモデル(Bass Model)を紹介します。また、ロジャーズによる新製品採用者のカテゴリー分類や、キャズム理論との関係についても確認します。

バスモデルとは

山田(1994)は、新製品が普及する過程について次のようにレビューしています(p.189)。

新しいアイディアや革新的な新製品は、採用する人々に果たして期待するような効用があるのだろうか、それを採用すると自分の生活にどのような影響がもたらさせるのか、近所の人や職場からどう思われるかといったような消費者の知覚リスクを低減させることによって普及していく。全く知らない状態からその存在を認知した状態、採用していない状態から採用した状態への遷移メカニズムとしては、マスメディア、口コミ、その他のマーケティング努力、個人的経験、景気などの外性因子が考えられる。

新製品を採用(adopt)し、購入した人々のことを採用者(adopter)と呼びます。Bass(1969)は、新製品の普及が二種類の採用者 — 自らの意思で購入決定する革新者(innovator)と既購入者からの口コミやデモンストレーション効果に購入の意思決定が左右される模倣者(imitator)から構成されるとし、新製品の普及過程を以下のような微分方程式によりモデル化しました。

$$
\large
f(t) = \frac{dF(t)}{dt} = [p+qF(t)][1-F(t)] \tag{1}
$$

\(F(t)\)は、潜在市場の大きさに対する既採用者の割合、\(f(t)\)は\(F(t)\)の微分を表し、単位時間あたりの採用者の増加の割合を示します。潜在市場の大きさとは、新製品を最終的に初回購入する人の数の合計です。\(F(t)\)は割合ですから、潜在市場の大きさを\(m\)とおけば、時刻\(t\)における採用者の絶対数は\(mF(t)\)となります。

そして、\(p\)は革新係数、\(q\)は模倣係数と呼ばれる、非負の定数です。\(1-F(t)\)は、潜在市場のうち、\(t\)時点でまだ新製品を購入していない人々の割合であり、これに革新係数\(p\)をかけることにより、自らの意思で購入する革新者の購入確率が算出されます。また、模倣者については、既採用者である\(F(t)\)が増加すればするほど、購入確率も上がっていくという仕組みになっています。

最近では、「革新者」「模倣者」という区分けで\(p, q\)を対応させるのではなく、より一般的に、企業のマーケティング努力や景気など外的影響を\(p\)、口コミなど模倣による内的影響を\(q\)と対応させることが多いです。そこで以下では、\(p, q\)をそれぞれ外的影響、内的影響の係数として扱います。

バスモデルのプロット

式(1)の微分方程式は解析的に解くことができ、\(F(t), f(t)\)は次のように表されます。

$$
\large
F(t) = \frac{1 – e^{-(p+q)t}}{1+(q/p)e^{-(p+q)t}} \tag{2}
$$

$$
\large
f(t) = \frac{p(p+q)^2 e^{-(p+q)t}}{(p+qe^{-(p+q)t})^2} \tag{3}
$$

この式にしたがって、\(p, q\)を変化させながらバスモデルの挙動を確認していきます。以下のグラフでは、便宜上\(m=1\)と設定したと考えても問題ありません。

外的影響pを変化させた場合

\(q=0.30\)と固定し、\(f(t)\)をプロットしたものが次です。縦軸は採用者の増加率、横軸は時間を表します。

また、累積採用者数である\(F(t)\)は次のようになります。

外的影響\(p\)が大きければ大きいほど、採用者の増加率は早くにピークをむかえ、普及の収束も早まることが分かります。新製品が発売される前のマーケティング努力などにより、既購入者の割合にかかわらず購入を決定する人々が多くなるためです。

内的影響qを変化させた場合

\(p=0.10\)と固定し、\(f(t), F(t)\)をそれぞれプロットしたものが次です。

\(f(t)\)を観察すると、\(q>p\)の場合のみ増加率の曲線にピークが見られ、\(q\leq p\)の場合には緩やかな曲線に変化することが分かります。また、当然ながら\(q\)が大きいほど普及の収束も早くなります。

採用者のカテゴリー区分

式(1)に基づいて、外的影響(External Influence)による採用と、内的影響(Internal Influence)による採用を分けてプロットすると、次のようになります。

オレンジ色の部分が外的影響による採用、青色の部分が内的影響による採用です。

上のグラフは外的影響\(p\)が内的影響\(q\)に比べて相対的に低いシナリオ、下のグラフは外的影響\(p\)が内的影響\(q\)に比べて相対的に高いシナリオです。上のグラフは、マーケティングにあまりお金をかけないが、口コミにより購買行動が広まっていくケースと言えます。一方で下のグラフは、マーケティングや景気の影響による購買行動が多いが、口コミなどによる模倣購買があまり広がらないケースを示しています。

実際の現場においてバスモデルを意思決定に活用するには、時刻\(t\)時点までの売り上げ曲線からパラメタ\(p, q\)の値を予測し、目標の売り上げに期限内に達するまでには外的影響、内的影響のどちらを改善すべきなのかを見極めるために使うことが考えられます。

ロジャーズの採用者区分に基づく採用者の分類と、キャズムの可視化

Rogers(1962)は、ある新製品が普及する過程(新規採用者の曲線)は、時間\(t\)について正規分布に従うとし、正規分布の標準偏差\(\sigma\)をもとに、採用者のカテゴリーを5つに分類しました。その5つとは、新製品が発売されてから採用を早く行う順に、イノベーター(Innovators)・アーリーアダプター(Early Adopters)・アーリーマジョリティ(Early Majority)・レイトマジョリティ(Late Majority)・ラガード(Laggards)です。

また、Moore(1991)は、Rogersの採用者カテゴリーに基づき、アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間にはキャズム(隙間)があることを主張しました。Mooreはキャズムを超えるための戦略を、著書『Crossing the Chasm』で論じています。キャズムの前は初期市場、キャズムの後はメインストリーム市場と呼ばれ、それぞれの市場で購買に求められる価値(新規性や安心感)が変わってくると主張されています。

よって、バスモデルを実際の売り上げ曲線にフィッティングする際にも、Rogersの理論に基づいて採用者のカテゴリーを認識した上で、カテゴリーに応じてマーケティング戦略を変化させることが望まれます。

Mahajan, Muller(1990)は、Rogersの理論に基づいてバスモデルの採用者カテゴリーを分類する手法を論じています。これを参考に、バスモデルにおけるRogersの採用者カテゴリーおよびキャズムを可視化したのが次のグラフです。

上のグラフにはイノベーター(Innovator)*が表示されていませんが、どういうことなのでしょうか。実は、Rogersのいうイノベーターは「初期値」\(f(t=0)=p\)で与えられることになります。つまり、他人が購入したか否かにかかわらず、新製品が発売された直後に購入を決定する人々ということです(ガジェットの発売当日にお店の前に並ぶ人たちなど)。あるいは、トライブから得られたインサイトをもとに新規事業を開始した場合、トライブの人たちがその新規事業におけるイノベーターになる場合も多いでしょう。

*注: Bass Modelにおける革新者(Innovator)とRogersの理論におけるInnovatorは定義が異なるので注意してください。Rogersの理論においてはInnovatorは時間的に定義されるのに対し、Bass Modelにおいては革新係数\(p\)により決定されるため、革新者の数は時間と共に減衰するものの、どの時点でも存在します。

まとめ

今回の記事では、新製品の普及過程を記述する伝統的な数理モデルであるBass Modelを紹介しました。Bass Modelはシンプルなモデルで分析しやすいことが利点として挙げられます。一方で、\(p, q\)といったパラメタが期間中一定であり、決定論的な振る舞いをする(\(p, q\)が定まればシナリオが一意に決まる)ために不確実性に弱いこと、新製品の普及が失敗するシナリオをモデル化できないことなどが大きな欠点として挙げられます。しかし、Bass Modelそのものはシンプルであるため、様々な拡張モデルが存在します。新製品の普及学は、感染症数理(代表的な例ではSIRモデル)やエージェントベースモデルなどにも影響を受けています。今後は、不確実性を考慮した統計的アプローチによるモデルや、競合の存在する市場などモデルの拡張などについて見ていきます。

参考文献

  • Bass, F. M. (1969). A new product growth for model consumer durables. Management science15(5), 215-227.
  • Mahajan, V., Muller, E., & Srivastava, R. K. (1990). Determination of adopter categories by using innovation diffusion models. Journal of Marketing Research27(1), 37-50.
  • Moore, G. A. (2014). Crossing the chasm. Harper business.
  • Rogers, E. M. (1962). Diffusion of innovations. Diffusion of innovations.
  • 山田昌孝. (1994). 新製品普及モデル. オペレーションズ・リサーチ39(4), 189-195.
古川 拓磨
Written by
古川 拓磨(Furukawa Takuma)
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