イノベーション普及理論 #2:情報の拡散と購買の拡散の2段階を考慮した拡張Bassモデル

はじめに

前回のブログでは、洗濯機やテレビ等の耐久消費財が普及する過程をマクロに記述するBassモデルについて見ていきました。

イノベーション普及理論 #1:Bass Modelによる新製品普及のモデリング
はじめに 新製品が世の中に広く普及していく過程は、一体どのようなものでしょうか。これについて考える学問を普及学(Diffusion of Innovations)と呼びます。製品の普及を考えるとき、多くの場合、対象として耐久消費財、す...

今回のブログでは、Bassモデルの2種類の拡張モデルを考察し、トライブの普及シナリオに関する示唆を導くことを目指します。

トライブの普及シナリオ

SEEDATAは今後増えていくであろう考え方や行動を示している先進的な消費者グループ=「トライブ」を独自のリサーチによって発見・定義し、調査した結果をレポートにまとめています。トライブ・リサーチから得られた知見を通じて、推進される企業のイノベーション活動を「トライブ・ドリブン・イノベーション」または「トライブ・マーケティング」と総称し、コンサルティング支援を行っています。

トライブの価値観や行動は、生活者の中で今後増えていく可能性が高いが、まだ明示的に言語化されていなかったり、マスに浸透していなかったりするという点で「潜在的」です。このような潜在ニーズの段階で、SEEDATAがトライブの価値観を解釈し、クライアント企業と共に提供価値という形に落とし込んでいくことにより、サービスや商品として具現化したのち、マーケティングにより市場に介入していくことで、消費行動がマスへと広がっていきます。

この際、新商品や新サービスに関する情報や消費行動は、どのように拡散していくのでしょうか。例えば、ある新製品の販売個数のデータがあるとき、マーケティングなどの企業努力や口コミ(模倣)による効果はどのように定量評価したら良いのでしょうか。

これらの問いに答えるヒントを与えてくれる、動的な潜在市場を考慮した拡張Bassモデルによる分析の事例をご紹介します。

標準Bassモデルのおさらい

本題に入る前に、前回述べた標準Bassモデルについて簡単におさらいします。

潜在市場の大きさ(=購入する可能性のある消費者の数)\(m\)、時刻\(t\)における新製品の採用者の数\(z(t)\)、革新係数\(p\)、模倣係数\(q\)とすると、時刻\(t\)における採用者の増加率\(z'(t)\)は次のように表すことができます。

$$
\large
z'(t) = \frac{dz(t)}{dt} = \big(p+q \frac{z(t)}{m}\big)(m-z(t))
$$

改めて簡単に解説します。新規採用の可能性のある消費者の数は、新製品をまだ購入していない消費者の数である\(m-z(t)\)です。この中から、一定確率\(p\)で外的影響による購入、さらに既購入者の割合\(z(t)/m\)に比例する確率\(q\times z(t)/m\)で模倣による購入が生成されます。

解析的に解くことができるシンプルな微分方程式であり、便利なモデルです。しかしながら、潜在市場の大きさ\(m\)が計測期間を通じて一定であるという仮定がやや強いことが問題点の一つとして挙げられます。例えば事業が展開される初期段階であるインキュベーション期間において、潜在市場の大きさを拡充できるかどうかは事業の成功を左右する重要な要素であるため、このような不確実性を考慮し、精度良く意思決定に活用できるモデルが求められています。

潜在市場サイズが動的に変化する2段階モデル

今回は、潜在市場の大きさ\(m\)の時間的変化\(m(t)\)を考慮したモデルのうち、Guseo (2009) [1] によるものを紹介します。

この論文の主な新規性は、普及過程に二段階を想定していることです。それは、(新製品や新サービスに関する)情報の拡散、および(購買)行動の拡散です。これらの二段階が消費者のネットワーク上で「共進化」していくことで、購買行動が拡散していくと考えます。

一消費者の観点で見ると、まず「新製品に関する情報を知ること」が第一段階です。第一段階では消費者は購入を「検討」しており、この段階にある消費者の数こそが潜在市場の大きさ\(m(t)\)であると再定義します。
さらに、第一段階にいる消費者の一部は、「新製品の購買(採用)」という第二段階に遷移します。
第一段階、第二段階それぞれへの遷移を促す要因として、これまでのBassモデルと同じように、「外的要因(=広告など企業によるマーケティング努力)」「内的要因(=消費者内での模倣効果)」の二種類を考えます。

Guseoらは、セル・オートマトンと呼ばれる時間的・空間的に離散的なエージェントベースモデルを用いて、二段階の外的要因・内的要因による拡散のマクロな挙動を導出しています。設定しているパラメタは次の7つです。

図1: 二段階拡張Bassモデルのパラメタ

補足
セル・オートマトンとは、時間的かつ空間的に離散的な有限オートマトン(=セル)が、システム内の他のセルと相互作用しあうシステムのことを指します。ここで、有限オートマトンとは、有限個の状態と遷移、動作の組み合わせからなる、数学的に抽象化された「ふるまいのモデル」のことです。このモデルにおいて、セルとは「一消費者」を表し、消費者は「(製品を)認知していない」「認知しているが購入していない」「認知していて、購入している」という3つの状態を確率的に遷移します。状態間の遷移確率は、接続されている他のセルの状態に依存する関数です。例えば、「知人が製品を認知しており購入している」場合、あなたが同じ製品を購入する確率は上昇するという直観を数学的にモデル化したのが、このモデルです。

セル・オートマトンの有名な事例として、ライフ・ゲームがあります。

セル・オートマトンによるシステムが、マクロでどのような挙動になるかは一般に予測することは困難ですが(ネットワーク内の相互作用に依存する非線形な複雑系であるため)、Guseoらは平均場近似と呼ばれる手法を用いて、マクロな拡散の機構を解析的に解くことが可能なリッカチの微分方程式に落とし込むことで近似解を導出しています。結果的に、近似解において「潜在市場サイズが一定」「衰退効果、ネガティブなクチコミ効果、購入の取り消しがない」などの特殊な条件を代入すると、標準Bassモデルと一致するという優れたモデルになっており、ミクロな機構からマクロな理論であるBassモデルを理論的に導出したという点で大きな意義があります。

さて、単純化のため\(e_c=w_c=r_s=0\)とすると、時刻\(t\)における潜在市場サイズ\(m(t)\)、正規分布に従う確率的誤差項\(\epsilon(t)\)、市場サイズの上界を示す定数\(K\)として、新規採用者数\(w(t)\)は次のように表すことができます。

$$
\large
m(t) = K\sqrt{\frac{1-e^{-(p_c+q_c)t}}{1+\frac{q_c}{p_c}e^{-(p_c+q_c)t}}}.
$$

$$
\large
w(t) = m(t)\frac{1-e^{-(p_s+q_s)t}}{1+\frac{q_s}{p_s}e^{-(p_s+q_s)t}} + \epsilon(t).
$$

Guseoらは、このモデルを用いてイタリアにおける製薬販売データの分析を行っています。”FOL”と表記される新薬の週間販売個数を”Centro”および”NordEst”という二種類の地域について計測したものが、次のグラフです。

図2: 新薬”FOL”の二地域(”Centro”, “NordEst”)における週間購入数の推移
出典: Guseo, 2009[1]

さて、最小二乗法を用いることにより、\(w(t)\)が含む5つのパラメタを決定します。その結果を示したものが次の表です(モデルの性能評価についての説明は割愛します)。

図3: 2段階拡張Bassモデルにおけるパラメタ推定の結果
出典: Guseo, 2009[1]

決定したパラメタを元に、潜在市場の大きさ及び累計採用者数を正規化してグラフにプロットしたものが次の図です。

図4: 潜在市場サイズ及び累計新規購入数の推移
出典: Guseo, 2009[1]

mpがmarket potential(潜在市場)、adがadoption(累計採用数)を表します。ここから、潜在市場も累計採用者数も共に”Centro”よりも”NordEst”において、立ち上がりと収束が早いことが見て取れます。

また、図2の購入数の推移においては”Centro”の方が高い数値を持っていますが、これは市場サイズの上界定数\(K\)が2倍近くの値を持っていることに起因することが読み取れます。したがって、“Centro”は購入数の推移だけを見れば”NordEst”よりも高い値を持っていますが、”NordEst”と比べると潜在市場を上手く活用し切れておらず、マーケティング施策に改善の余地があると考えられます。

ここで、図3のパラメタ推定の結果を改めて観察すると、購買における革新係数\(p_s\)は両地域で同じ値\(0.00175\)をとっているのに対し、情報拡散における革新係数\(p_c\)・模倣係数\(q_c\)及び、購買拡散における模倣係数\(q_s\)はいずれも”NordEst”で高い値をとっています。

例えば今回は、地域別に薬品の購入数を分析しているので、「模倣効果」は地域内でのコミュニケーションに起因している部分が大きいと考えられます。例えば東京のような都会と、地方におけるクチコミ効果を比較した場合、東京では近所間のコミュニケーションによる模倣効果が地方に比べて発揮されないというケースが考えられます(上の例においても、”Centro”は”NordEst”よりも人口が大きく、都会であることが推察される)。

また、潜在市場の大きさが拡充していて製品に対する認知度が高まっていることは観察できるが、一方で購入拡散に関する係数が低い場合は、消費者のニーズを掴み切れておらず広告やクチコミを通じての訴求が上手くいっていない可能性があります。

今回取り上げたような二段階モデルを採用するメリットは、このような「マーケティング努力」あるいは「商品そのものの訴求力」のどちらの因子が成功/失敗に強く寄与しているのかを、仮説的に評価できる点にあります。

Guseoらは、標準Bassモデルと二段階拡張Bassモデルの性能比較も行っています。

図5: “FOL”の”Centro”における週間購入数のデータと各モデルのフィッティング結果
Bass model: 標準Bassモデル、coevolutive model: 拡張2段階Bassモデル
出典: Guseo, 2009[1]

標準Bassモデルの問題点は、販売事業の立ち上げ期(インキュベーション期間)における潜在市場サイズの拡充を考慮できないために、購買曲線の収束を早めに見積もってしまうことにあります。実データには、モデルに組み込まれていない様々な要因による局所的な変動(fluctuation)が観測されますが、拡張モデルは変動に対して過剰にフィッティングすることなく、上手く吸収できていることが見て取れます。

拡張2段階モデルに基づけば、購入は「新製品の認知」の後段階に位置付けられるため、購買行動をマスに拡散させていくためには、必然的に情報の拡散が準備段階としてある程度進んでいることが重要です。Guseoらは、特に事業の初期の段階(インキュベーション期間)で、徹底的にマーケティングによる認知度の向上を行うことが、事業の「離陸」に不可欠であると説いています。

まとめ

今回の記事では、潜在市場サイズの変動を考慮した拡張2段階Bassモデルをご紹介しました。モデルはあくまで「現象を仮説的に説明する機構」に過ぎないので、フィッティングしたパラメタが実際にどこまで現象を反映できているかについては、多角的な評価を行う必要があります。今回の例でいえば、モデルに基づいて打ち出した施策が上手くいくかどうか、あるいはモデルのフィッティング(学習)に用いなかった部分のデータも精度良く予測できているかといった評価によって、モデルの性能を吟味することが必要でしょう。

参考文献

[1] Guseo, R., & Guidolin, M. (2009). Modelling a dynamic market potential: A class of automata networks for diffusion of innovations. Technological Forecasting and Social Change76(6), 806-820.

古川 拓磨
Written by
古川 拓磨(Furukawa Takuma)
SEEDATA Technologies