トライブリサーチにおける実証的側面

SEEDATAではトライブリサーチに際し、10名以内の対象者を特定しインタビューを実施しています。このサンプルサイズに関連してニールセンは、ユーザビリティテストに対して評価者の数と検出される問題の数の関係を調べ、その結果7名程度で十分であるという論文を発表しました。

課題の特定に必要とされるインタビューの数について
SEEDATAでは、生活者の価値観の変化や未来の兆しをキャッチするために、通常小規模の対象者についてデプスインタビューを行い、背後にあるインサイトを発掘することを日々行っています。それでは、インサイトを抽出するために必要なインタビューの数は...

それではトライブリサーチにおいては、何を基準にインタビュー数が”十分”であると判断すれば良いのでしょうか。この記事ではニールセンの論文になぞらえてトライブリサーチを成功させるために必要なインタビューの数と、実証的な立場からインタビューのサンプルサイズについて論じていきたいと思います。

1. ニールセンの論文とトライブリサーチの対応


リサーチを通して明らかにしたい対象

 そもそもトライブリサーチとはトライブそのものをマーケティングの対象としたリサーチではなく、彼らの価値観を通して抽出したインサイトを、未来の生活者の変化予測や全く異なるビジネス領域に活用することにあります。したがって、例えば飲料についてのトライブであっても、最終的にそのインサイトは休息について言及したものになるなど、元のトライブより一般化されたものに収斂されていきます。

 トライブはもちろん実在する人々ですから、同じトライブに属する人間でも、個人ごとで行動や価値観について差異があります。そこで私たちはインタビューを行っている対象者を、共通のトライブ的な価値観を本質として、現実社会の様々な誤差を持って存在しているサンプルとして考えています。つまり彼らの言動の背後には、インタビューを通して観測できない真のトライブ的価値観が存在すると見なすのです。

 実際にインタビューする方々は、仕事や家庭含め多種多様な環境で生活されている場合がほとんどです。そのような条件の違いにより、個体としては誤差や差異が生まれると考えているということです。この時点で、私たちは対象者の表面的な行動や発言ではなく、彼らの間で共通する潜在的な価値観の抽出を目指していることがお分かりいただけたと思います。この潜在的というのはトピックモデルや因子分析など潜在的意味解析と同じように、分析を通して初めて明らかにできるということで、得られる情報であるということです。さらにインサイトとは、このトライブ的価値観を一言で表したものと言えます。トライブリサーチは、このようなインサイトないしトライブ的価値観を、探索的に発見することを目的としています。

トライブリサーチにおけるサンプルサイズの考え方
トライブリサーチの考え方は世界的にも類をみませんが、最近、広く社外向けにセミナーをおこなうことや、海外の方にSEEDATAの説明をする機会が増えたため、一般的なマーケティングリサーチや、社会調査の経験者から、「1人や2人だけを見てしまって大...

 またこのインサイトは、インタビューを元にしてアナリストが一旦Factベースでの情報を取り出し、いくつかのFactを組み合わせてFindingsを作り、さらにFindingsを組み合わせることで得られています。したがって、インタビュー対象者が発した元の個別具体な事例から、アウトプットとしてははるかに抽象化された情報となっています。ニールセンに戻ると、ユーザー個人の環境や問題を切り離し、共通構造を取り出すという点がトライブリサーチにも通じます。したがってインサイトというのは、ユーザビリティテストを通して明らかになった問題と対応して考えることができるでしょう。つまり、トライブリサーチにおいて十分調査を行ったと判断する基準は、インサイトの数が最も適していると考えられます。

 経験上、ニールセンの論文に非常に近い形で、インタビューの一人目でインサイトの50%については発見ができている実感があります。これは完全にインサイトを明らかにできるということではなくて、そのあとのインタビューを通して言語化されるインサイトの多くが、N1の時点である程度を把握できているということです。次に、トライブリサーチが仮に実証的なリサーチだとしたときに、インタビューのサンプル数の妥当性について論じていきます。

2. 実証的調査としてのトライブリサーチ


トライブリサーチはインサイトを探るという面では探索的ですが、トライブ以外のビジネス領域において転用するとなれば実証的な様相を呈し、サンプルサイズについて議論する必要が生まれてくるでしょう。トライブリサーチが実証的な見地からも妥当なサンプルサイズであるという主張ついては、二つの説明ができます。

トライブリサーチの母集団はイノベーターである

 まずトライブリサーチにおいてインタビューがサンプリングであったとするならば、その母集団は何でしょうか?サンプリングの目的は、一般に母集団の特徴を標本から推定することであります。この時母集団は社会全体ではなく先進的な価値観を持ち独自のアクションを打ち出している生活者であるため、集団としては非常に小さい規模のになります。これは普及学・イノベーション理論と類似点を見ることができ、以下の記事において解説しています。

イノベーション普及理論 #1:Bass Modelによる新製品普及のモデリング
はじめに 新製品が世の中に広く普及していく過程は、一体どのようなものでしょうか。これについて考える学問を普及学(Diffusion of Innovations)と呼びます。製品の普及を考えるとき、多くの場合、対象として耐久消費財、す...

 ここでイノベーション普及理論は耐久財についての言説であり、トライブと必ずしも一致しないことに注意しつつ、上記のブログを踏まえてトライブの人口を概算してみましょう。Rogers[1]によれば、イノベーターは全体の2.5%であるとされています。したがって、将来的に1万人規模になる市場に対してトライブリサーチを行った場合を考えると、インタビュー対象者は全体の2.5%=250人になります。このサイズを母集団として、10人程度をサンプルサイズとすることは、あながち間違いではないということがお分かりいただけるでしょう。

 重要なのは、現在SEEDATAがトライブとして認知している人々は相当に先進的でスケールとしても小さいものの、将来的には世の中のマジョリティであったりある程度のサイズの市場に成長するものであるということです。先述のトライブ的価値観とは個人の中に0か1で存在するものではなくて、個人ごとの価値観の中に組成としてある程度の割合含まれているものです。サイズが小さいのは、あくまでSEEDATAが補足している先進的な生活者であることに注意しましょう。

消費者の多様化による市場のミクロ化

 またこのところ10年単位の市場の変化と、消費者の多様化についてもサンプルサイズの議論と関係があります。現在、ごく一部の領域を除いて市場は飽和状態であり、企業は市場シェアの拡大から顧客ロイヤリティへの確保へと施策を転換することが迫られています。つまり、単に供給側が作りたいものだけでは全く勝負にならず、需要側のニーズに対して機能・情緒的な価値を十分に提供できた企業が勝ち残る状況になっているのです。

 この背景には、消費者の多様化があります。例えば4人家族で最新の家電を備えた郊外の一軒家に住んで、週末は遊びに出かける – といったようなステレオタイプなロールモデルは崩壊しており、現在は個人ごとで異なる幸せのあり方を模索する時代になりました。とすると、大人数が共通した価値観をもちマクロ的な視点で把握できた市場が、より個人の趣味嗜好に合わせてミクロなものとなるのは容易に想像がつきます。

 したがって、そもそもあらゆる市場がミクロ化した現在においては、大規模な定量調査を行い社会全体の価値観を追跡しマーケティングに活かそうという試み自体が無意味になります。そこでSEEDATAでは、多様化した消費者=生活者に合わせる形で、5年後に発現すると考えられる市場を予測することを行っています。トライブのサンプルサイズが10人でも問題ない理由は、以上のようにイノベーターの母集団が小さいということと、そもそも市場がミクロ化しているという二つの説明をすることができました。

まとめ


今回は、トライブリサーチのサンプルサイズに関する一連の議論の締め括りとして、ニールセンの論文とトライブリサーチを対応させました。また実証的調査の立場から、サンプルサイズの妥当性について説明しました。

参考文献
[1] Rogers, E. M. (1962). Diffusion of innovations. Diffusion of innovations.

広本拓麻
Written by
広本拓麻(Hiromoto Takuma)
SEEDATA Technologies